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しなやかに働くとは①

初めまして

愛知県名古屋市で

整理収納アドバイザーとして活動している

小川奈々と申します

 

らしさコンパスをチームメンバーと築いて来た

私の背景を今日はお伝えさせて頂きます

 

 

1976年 広島市にて誕生

外資系企業に働く父(23歳)と

専業主婦の母(23歳)の元に生まれました

 

学生時代の習い事はエレクトーン

父が趣味で買って来たエレクトーンを

せっかく家にあるから娘にも習わせようと

3歳から高校2年生まで

YAMAHA音楽教室に通って来ました

 

表現力を身に付けたり

舞台に上がっても緊張しない土台を作ってくれたのは

この習い事のお陰だと振り返っています

 

 

父の帰りは大体22:30頃で

家事と子育ては基本的に母の役

典型的な昭和スタイルの家庭でした

 

母は毎日誰よりも早く起き

着替えと化粧と朝食の支度を済ませてから

家族の起床を待つのが日課でした

(私はどうして朝が苦手なのか未だに謎)

 

夕方16時にもなればキッチンに立ち

漬物のぬか床をかき混ぜたり

煮物のいい香りを生み出しながら

お喋りな私の話を聞いてくれていました

 

離れて暮らして22年になりますが

思い出すのは母がキッチンに立つ後ろ姿や

ポッケの付いたエプロン姿です

 

母のこのライフスタイルは

私の根幹にいつもあり

女性とは・主婦とは・妻とはという

モデルになっています

(今も全然追い付けないのですが…)

 

 

父は

とにかく仕事人間で

そのストレスや苦労は相当なものだったと思います

外資系企業の意思決定はドライだった様ですので

「家族が路頭に迷わない様に」と口癖の様に言いながら

身を粉にして働いて来てくれました

男らしくたくましい不動の存在でした

 

 

さて

こんな両極端の様な両親の元に生まれ育った私は

DNAも強さや弱さも

目に映るものもの

父半分 母半分

という感覚でした

 

 

厳しい組織の中で

「女性も学歴を持ち経済的に自立出来る様に」と

大学進学を勧めてくれる父

 

「女性は太陽の様に家庭を明るく照らす存在に」と

教えてくれる母

 

進路を決める際はどんな風に自分が生きて行けばいいのか

随分と考えました

 

 

結局私は

まずは父の意向を汲み

大学に進学します

不慣れなひとり暮らしが始まりました

 

実家に居た頃はほとんど家事の手伝いもせず

私にとっても家事は「母の仕事」の様に思っていたので

何も出来ない小娘でした

 

長くなりそうですので

今日はこの辺りで…

 

大学時代の事はもう少し詳しく

次回書かせて頂きます