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しなやかに働くとは②

愛知県名古屋市の整理収納アドバイザー

小川奈々です

今日は大学時代の頃について書いてみようと思います

 

当時の私を一言で表現すると

漂流していた様な期間だった様に思います

 

特に目的も無く

広島とは全然違う都会の目まぐるしい生活に

付いて行くのが必死でした

 

私はこれから先

どこの土地でどんな風に生きて行きたいのか

さっぱり見えて来ませんでした

 

都会のお水が合わないのか

不摂生がたたったのか

化粧品が合わなかったのか

ひどいニキビにも悩まされました

 

大学3年生の頃

薬事法などに興味が出て来て

厚生労働省に入ろうと

ダブルスクールを決心

 

 

この頃実家の方はと言うと

父が大阪から東京本社へと転勤になり

実家は千葉へと変わりました

 

 

横浜の下宿先から

通って通えない距離では無かったのですが

私は既にひとり暮らしを始めた身

別世帯での生活を続けました

 

 

公務員の勉強はかなり頑張りましたが

残念ながら不本意な結果に終わりました

かなりのショックと将来への不安に

絶望的な毎日でした

 

 

「自由とは責任だよ」と

父に言われた言葉がリピートし

自由なんて要らないから

誰かに私の人生を助けて欲しい気持ちでいっぱいでした

 

 

その後

独立行政法人の病院の総合事務職に

何とか就職が決まり

「これで何とか生活の目処が立つ」と

安堵の気持ちでいっぱいでした

 

私は父と同じく

転勤がある道を自ら選びました

 

自分で自分の住みたい土地が

分からなかったからです

それならば仕事を通して日本を渡り歩き

自分の好きな土地がいつか見付かれば…

そんな気持ちで居ました

 

卒論のテーマに決めたのは

「女性の高学歴化と少子化について」

 

この先私は社会で通用する人間になれるのか?

結婚出来るのか?

子供は産めるのか?

 

敢えて転勤族という道を選んだが故に

色んな土地に住める自由と引き換えに

女性として普通とされる幸せが手に入るのかという

リスクも同時に背負うことになります

 

そんな将来の自分を励ますかの様に

研究に没頭し

私なりのコンパスを

求めていたのだと思います

 

次回は就職後の事を

書いてみようと思います